☆ガイドレポート
農学部林学科造園学研究室(当時、現在は森林科学科環境デザイン研究室)の学生であった私には、 測量実習でこの植物園の池のまわりを測量した記憶がある。 また、その後、竹笹類の研究を始めてからは、 植物園に隣接してあった生態学研究センターに竹の研究者がおられたことから、 しばしば植物園を訪れていた。 そのような理学部附属植物園であるが、 その後もずっと京大にいるにもかかわらず、いつの間にか足が遠のき、 今回、この植物園に入ったのはおそらく10年以上ぶりのことであったのではないかと思う。 植物園の存続問題が持ち上がった頃、植物園を存続させるために立ち上がった今村先生から、 その管理について相談を受けたこともあった。
さて、前もってやっておくつもりであった下見もままならないままに、当日はやってきた。 下見ができたのは見学会が始まる20分前という、参加者の皆さんには申し訳ないことになってしまった。 見学会を開始しようとした矢先には、 当日の朝にもあった夕立の再来を予想させるような雷が鳴り響いたが、 見学会は雨にも遭わずになんとか終了できたことは幸いであった。
見学説明は、植物園の入口付近にあるリュウキュウチクの植え込みから始まった。 この植え込みを前にして、 まず、竹類の分類学上の学名と日本人が感性に基づいて名付けた和名との違いを概説した。 日本人がつけた和名は、大きなものを竹、小さなものや竹の枝を笹と呼び習わしてきた。 しかし、明治以降導入された植物分類学では、タケノコの皮がいつまでも稈(竹はイネ科であり、 その茎は稈と呼ぶ)についているものをササ、すぐに落ちるものをタケとしたため、 タケなのにオカメザサという和名がついていたり、 逆にササなのにメダケ、ヤダケなどの和名がついているものがあることとなってしまった。
最初に説明したリュウキュウチクも、分類学上はメダケ属に属するササである。 植え込み中央にはこの種本来の姿を活かした管理が行われていたが、 その周辺の縁石沿いにはササのように仕立てられた同種があり、 管理によって、さまざまな形に維持できることが説明できた。
日本で一般にササと称される種は大きく二つに分けられる。 分類学上はササ属とメダケ属ネザサ節に分かれる。 ササ属は主として森林林床に出てくることが多い種であるのに対して、 メダケ属ネザサ節は里の植物として捉えることができる。
続いて、南側の塀に沿って昔から植栽されている竹について説明した。 ここでは、まず最初に、日本に分布する竹の特徴として地下茎があることを説明した。 日本人にとっては竹が地下茎を持っていることは当たり前であるが、 実はこれは、地球レベルでは非常に珍しい形態である。 竹のふるさととされる熱帯や亜熱帯地域に分布する竹は、多くが株立ち状であり、地下茎を持たない。 このような形態の竹が温帯に分布を拡大していく過程で、地下茎を持つようになったようである。 しかし、それを証明することは現在のところできていない。 植栽地には昔はもう少し種類があったように思うが、 現在は、シホウチク、トウチク、カンザンチクがある程度である。 ホウライチクという亜熱帯性の株立ち種もあったように思うが見つけることはできなかった。 各種の説明は以下のとおりである。
園内を東に進むにつれて、植え込みの中やちょっとした空き地に、ケネザサの群落が見えてきた。 この種は、メダケ属ネザサ節の種であり、まさに里の植物である。 まるで雑草のように見えるのであまり注目されることはないが、 白川の扇状地であるこの植物園で、 それこそ古代人が住み始めた頃から存在し続けている可能性もある植物であると考えられる。
さらに進むとモウソウチク林が現れた。 モウソウチクは江戸時代初期に中国から導入された種と考えられている。 経路を考えると、琉球列島を経由したルートが考えられるが、 現在の沖縄で私はモウソウチクを見つけられていない。 ただ、第二次世界大戦前の古い写真を集めた写真集にモウソウチク林と思われる写真があることから、 この推定は裏付けられたのではないかと思っている。 このルートの先には鹿児島県があるが、ここに有名な大名庭園である磯庭園があり、 ここに江南竹林と呼ばれるモウソウチク林がある。私はこれが日本に導入された地ではないかと思っている。 このほか、京都では、長岡京市の奥海印寺や宇治の黄檗山万福寺なども、 モウソウチク導入の地を謳っている。モウソウチクは日本で最も大型の竹である。 もともと日本にあると思われるマダケやハチクとは、各節が一重であることで見分けられる。 ここでは、このほかに、植物園にはないが、日本で最も重要な竹資源であるマダケについても概説した。
その後、しばらくは竹のない部分を歩きながら、カシノナガキクイムシの被害などを参加者と話し合った。 植物園でも昨年夏に何本ものコナラが枯れている。ここにはコナラの実生個体は、見つけることはできず、 後継個体の再生をどのように考えるかが問題となりそうである。 実生個体がたくさんある吉田山の話などをした。
最後に池の端にでてきて、チマキザサの一叢を見つけた。 ここでも言いたいことがたくさんあったので、少し時間を使った説明をした。 この種は森林林床を形成することが多いササ属の一種である。 その名のとおり、チマキを作るときのササの葉である。 京都の北山にはこの変種であるチュウゴクザサが分布していたが、 これが2004年以降4年間の間に順次開花していき、 現在ではほぼすべての群落が開花結実し、親植生は枯死した。 これで困ったのは、このササの葉に依存していた、京都の和菓子業界や祇園祭の厄除けチマキ作りである。 今はなんとか代役でしのぎ、チュウゴクザサの再生を待っているところであるが、 シカによる食害が激しく、その回復は遅れている。 また、ササが回復したときにこれを再度採集する北山の人々の社会が存続しているかどうかも 大きな問題として考えられる。
チマキザサの説明が終わったときには1時前になっていた。 十分な質疑はできなかったが、参加者の皆さんからはさまざまな質問をいただいたことが大変楽しかった。 このような植物観察会で竹がクローズアップされることは少ない。 この見学会も97回目にして初めて竹に焦点が当てられたという。 よく木でも草でもない、と言われる竹であるが、 それについて語る機会を与えていただいたことに感謝したいと思う。
案内人: 柴田昌三さん(京都大学フィールド科学教育センター)