第100回観察会 2011年7月21日(木)12:05〜12:55 曇り

テーマ 『学べる植物園』


☆ガイドレポート

足かけ9年にわたった観察会ですが、この日が最終回。 そのガイドは、かなり重大な役目です。 私が第1回のガイドをしたのが2003年4月10日でしたので、実際、随分経ちました。 この間、私の肩書きも4回も変わりましたし、 初回にはまだ母親のお腹の中にいた息子も、いまや小学校2年生です。 確かに継続は力なり、ですし、一方で継続していると年をとります。

記録によれば、通算で20回以上ガイドをさせていただいたとのことですが、 初期の3年間は毎回のようにガイドをしていましたから、 もっとたくさんやっていたような感覚さえ抱きます。 実際、回数が問題というよりも、 理学部植物園の教育面での利用価値や文化的な価値について理解を進めながら、 毎回のテーマを考えては解説のための勉強をする、 という作業に手間と時間をかけてきた分、 たくさんやってきたという充実感や自負のような感覚を覚えたのでしょう。

最初と最後、というお役目ですから、 初回の話やガイドを務める中で学んできたことなどを織り交ぜながら、 「京大理学部附属植物園の本質的な価値について考える」という「考える会」の本質に立ち返るために、 「学べる植物園」というテーマにしました。

最終回とはいえ、いつもと同じ50分枠ですので、扱えるテーマにはかぎりがあります。 そこで自分自身が学んだことの紹介に重きを置きました。 余談ですが、ガイドをしていて間違った解説をしたこともあり、 あとから気づいてショックを受けたこともあります。 準備段階では、その話題を取り上げる事も考えていたのですが、時間の制約で割愛してしまいました。

最初の話題は、定番中の定番、植物園入り口付近のチャンチンモドキ(ウルシ科)の話です。 これは前回ガイドをさせていただいた2010年11月にも取り上げた話題です。 そのときのレポートにも、チャンチンモドキのことが書かれています。 繰り返しているうちに、話し手も聞き手も落語のような気分を味わえます。 冗談はさておき、繰り返し話題にするだけの価値もインパクトもある植物です。

 チャンチンモドキ(Choerospondias axillaris)はウルシ科チャンチンモドキ属の植物です。 起源が古いといわれ、第三紀鮮新世には東アジア、東南アジアに広く分布していましたが、 現存する近縁種がなく1属1種です。 現在、日本での自生地は熊本と鹿児島の一部のみと、分布域が狭くなっています。

これだけ話題にしておきながら、実は私も自生地に行ったことがありません。 つまり、野生のチャンチンモドキを見たことがないのです。 自生地がそれだけ少ないからです、というと言い訳がましいでしょうか。 いまだに果たせてはいませんが、 この植物を私はこの植物園で知り、いつか自生地を訪ねようと心に決めています。 観察会などを通じて、この植物がかつては日本でも非常によく利用されていたことや、 ネパールでは今でも食料として利用されていることも知りました。 たとえば、吉野ヶ里遺跡の井戸の羽目板がチャンチンモドキ材なのはよく知られています。 さらに余談ですが、チャンチンモドキはやはり珍しい植物のようで、 平凡社の日本の野生植物という図鑑での紹介写真は、この植物園の木の写真が使われています。 木も大きく、花も果実も観察できる、という意味では、図鑑作りにも役立つわけです (図鑑には他の植物の写真も使われているので、探してみてください)。

では、なぜチャンチンモドキの自生地が縮小しているのでしょうか。 同属に仲間がいないことが分類群としての衰退傾向を想起させますが、 人間による生息地の破壊などを除けば、生き物の分布の変化(広がる、狭まる)や、 種構成の変化(絶滅する、あらたに移住してくる)といった過程やその要因を明らかにすることは、 容易ではありません。 それは、トキやコウノトリの復活プロジェクト(絶滅種の人為的再導入と定着の試み)にかかる 膨大な手間とお金を見ていても想像できます。

繁殖力が弱いのか、まずはそう考えるでしょう。 しかし、自生地とは条件が違うはずの植物園で育っていても、 膨大な量の果実が落ちてきます。種子は大きく、直径5センチほどもあります。 見かけに種子はたくさんあっても、芽が出ないのか、という参加者からの声もありました。 ですが、よく探してみてください。親木の根元が実生で埋め尽くされています。 むしろ繁殖力旺盛に見えます。

繁殖といえば、5年ほど前、拾ったチャンチンモドキの種子を鉢植えにしたことがありました。 一旦育てるのに失敗して、植木鉢ごと置きっぱなしにしていたところ、 去年になって残っていた種子があったらしく、発芽して今も鉢で育っています。 このように、種子には休眠能力もあるようです。 すると、自生地の縮小の理由がますますイメージできません。

謎は深まるばかりですが、 こうした探求心を刺激してくれることこそが、理学部植物園の重大な役割だと思うのです。 図鑑でも扱いに困るような植物が、目の前で花を咲かせて果実を実らせているというのは、 なんとも貴重で幸せなことだと思います。

つづいては、ハナノキ(Acer rubrum var. pycnanthum)というカエデを紹介しました。 チャンチンモドキほどではないですが、これも野生個体に出会うのが困難な植物です。 私は一度だけ、 京大の生態研センター(当時は植物園内に研究室がありました)に所属していた先輩に連れられて、 岐阜県の自生地を見に行ったことがあります。ネットで検索すると各県の自生地が複数紹介されています。 ハナノキは湿地性とされ、貧栄養土壌に自生するとされますが、 そのような土地自体が開発などで失われている影響は大きいと考えられます。 東海丘陵要素という植物群に数えられ、東海地方でかつて行われた某巨大博覧会イベントでも、 シデコブシなどと同様に注目が集まった記憶があります。

ハナノキという名前からは、カエデの仲間(Acer属)ということがイメージできないので、 分類学における二名法を少し紹介しました。 植物の名前は、国際規約に則って定められ(生物群ごとにいくつかの規約に分かれています)、 これを学名(Scientific Name)といいます。 Acer rubrumという学名がハナノキに与えられていますが、 これはカエデ属のなかのrubrumという種であることを示しています。 var.以降は何なのだ、と思われるかもしれませんが、 これはA. rubrumという、アメリカで記載されたハナノキという種の中で、 日本に生息する変種(バリエーション)であることを示します。 このように人間の名字と名前という感覚で、属名と種名の2つのセットで表すから二名法というわけです。 属より一段階上の分類単位として、科があり、比較的馴染みがあると思います。 伝統的に、カエデはカエデ科に分類されていましたが、 最近の分子系統分類を反映した考え方では、カエデ属はムクロジ科に組み込まれています。 モミジに代表されるカエデの仲間のカエデ属というまとまりは崩れていないので、 混乱する必要はないのですが、参加者からは「ムクロジ科??」という反応もいただきました。 当然の驚きです。そこで当日は、参考書籍として『植物分類表』(大場秀章編著、Aboc社)を紹介しました。 辞典としても読み物としても面白いと思います。

つづいて、オオハンゲ(Pinellia tripartita)を紹介しました。 これはサトイモ科の植物で、近縁のカラスビシャクが別名ハンゲとして知られています。 カラスビシャクのむかごをハンゲといい漢方薬にするそうですが、オオハンゲにはむかごはつきません。 カラスビシャクは、農地など集落の近くで見られ、京都近辺でも見つけることができます。 一方オオハンゲは、常緑広葉樹林内の植物とされます。

この植物も、理学部植物園で初めて見ました。 やはり野生のものが見たいという衝動にかられましたが、近くにはなさそうです。 京都市近郊の常緑広葉樹林にもかつては生息したのかもしれませんが、 人間の影響なのか、都市近郊の林からはいろいろな植物が姿を消してしまっています。

その後、鹿児島県の霧島連峰の山あいを走る県道の脇で群生しているのを見ることができました。 ハナノキと同様に湿地性で、斜面から水がしみだしている所でした。 足下にヒルが殺到してきましたが、それよりもずっと興奮したことを覚えています。 サトイモ科で近縁のムサシアブミという植物も、 この植物園で初めて見てから、埼玉県の狭山丘陵の河畔で見つけたことがあります。 そのムサシアブミには花がなかったのですが、植物園での予習が活きて、葉っぱだけでも見分けられました。 初めて出会ったという意味でもそうですし、予習が活きたということにも、感動を覚えました。

ハナノキは花の木のとおり、美しい花を咲かせますし紅葉も美しいものです。 オオハンゲは変わった形の花を咲かせますし、果実の熟し方も興味深いものです。 しかし、自生地が限られていて身近にない場合、短い花の時季に合わせることや、 果実が成熟していく過程を観察することは困難です。 とくに、時季を外してしまう、ということがよくあって、くやしい思いをしたこともしばしばです。

その点、理学部植物園は非常に近い所にありますし、植物やその他の生き物が豊富です。 紹介してきた通り、貴重なものや珍しいものもたくさんあります。 なにより、頻繁に足を運ぶことができ、生き物のごく短い期間での変化でも観察することが可能です。 しかし、 そのような植物園の価値は、見る者や利用する者によって認識されなければ価値がないのも同じです。 利用者自身が学び、見る目を養わなければ、せっかくの空間も宝の持ち腐れですし、 その場が利用できない状態に陥れば、「利用者」でいることもできないのです。 2003年にこの活動を始めてから、私自身が学びの場を得たことは幸運でした。 今後も、京大理学部附属植物園がその役割を果たし続けることを願いますし、 もっと多くの人の学びの場であることを願っています。

案内人: 今村彰生さん(大阪市立自然史博物館 外来研究員)(京大植物園第1回観察会ガイド)



☆ 参加者の感想

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